【勇者姉小話】魔術師「夜這いでもしてみたらどうかな」
ふと思いつき、勢いのままにツイッターにて書きなぐった勇者姉の後日談小話をここに置いておきます。勇者と魔王です。
番外編として載せる予定はあるのですが、何分かなり後日談も後日談なので、この話の前に書かなきゃいけないネタがごろごろありまして……。
順当に番外編を書いていけたら、いつか加筆修正してちゃんと載せます。その際タイトルは変わる可能性大です。
では、話の順番とか気にしないよーという方は、どうぞー。
魔術師の家で夕食を食べて、自宅に戻ったら、勇者のベッドにはつややかな黒髪を垂らした美女がいた。
しかも、下着姿で。
「え、ちょ、ええええっ!?」
なんだこのエロゲ展開。ドッキリか。
思わず勇者は室内を見回した。誰も隠れてはいないようである。
魔術師のイタズラによる幻覚ではなさそうだ。
「待ちくたびれたぞ、ユース」
美女は両手を腰に当て、偉そうに言った。
その口調と雰囲気はとてもなじみがあった。
「……もしかして、マーオか?」
「おぬしの寝所に忍び込む女が、私以外にいると?」
鋭い視線を向けてくる美女に、勇者はあわてて首と手を振る。
「い、いないいない! いたら困るって!」
「ならばよい」
納得した様子の魔王に、勇者はほっとした。
勇者は決してモテないわけではない。
今まではなんとなくそんな気にならずに、恋人がいたことはないけれど、告白されたことなら何度もある。
しかし魔王がやってきてからは、勇者に恋をすると命の危険がつきまとうようになってしまった。
女というものは自己防衛能力に優れているものだ。
勇者の周りからは潮が引くように女がいなくなっていった。
面倒事が減って助かったと思う気持ち半分、寂しい気持ち半分だ。
いまだに中二病が抜けきらない勇者は、ハーレムというものに淡い憧れを持っているのであった。
そんな甲斐性もないくせにである。
「本当に、マーオなんだよな?」
勇者は魔王の首から下を見ないように気をつけながら、問いかける。
絶世の美女の下着姿など見ていたら、うっかりどこぞが反応してしまいそうである。
「そうだと言うておる」
「なんでそんなでっかくなってんだよ。急に成長しすぎじゃね?」
勇者が魔王を倒したのは、六年前。生まれ変わった魔王と出会ったのは、一年前。
魔王はまだ、五歳児のはずだ。
「そんなもの、魔法を使ったに決まっておろう。悲しきことに、一時的でしかないがな」
「ああ、なるほど」
魔王の返答に、勇者は納得した。
自分は中級程度までの魔法しか使えないから思いつかなかったが、魔王や魔術師レベルの魔法使いなら、身体を一時的に成長させることもそう難しくはないのだろう。
もちろん、そんなことができるのはこの国でも幾人もいないのだろうが。
魔術師のチートっぷりに慣らされていた勇者には、今さら驚くことでもなかった。
「で、んな大変な魔法使ってまで、何しに来たんだよ」
「夜這いじゃ」
「はぁ?」
間髪入れずに返ってきた答えに、勇者はマヌケな声をもらす。
よばい、よばいとはあの夜這いだろうか。
古来ニッポンに伝わる伝統的な性的風習だろうか。
普通は男性側がするものではなかっただろうか。
ゆうしゃはこんらんしている。
「……それ、吹き込んだの誰だ?」
しばらくして、勇者が口にできたのはそんな問いだけである。
「マージユじゃ」
お ま え か ! !
勇者は怒りを落ち着けるために大きなため息をつく。
どうりで、おかしいとは思った。
魔王は前世の記憶がある分賢いが、一般常識には疎いのである。
そんな彼女が夜這いを仕掛けてきた時点で、魔術師を疑うべきだった。
「……どうしたのじゃユース、ムラムラせぬか?」
「しねぇよ!!」
とっさにそう言い返したものの、実のところまったくムラムラしないというわけではない勇者であった。
だって彼はまだ二十二歳。若いのである。ヤりたい盛りなのである。
けれどそれを認めるのはさすがに勇者のモラルが許さなかった。
今は美女の姿をしていようとも、魔王はまだ五歳、子どもなのだから。
「とりあえずマーオ、服着ろ」
美女の下着姿は目に毒だ。
何とは言わないがメロンが二つだし、やわらかそうでおいしそうだし。身体のラインがとてもきれいでかぶりつきたくなる。
見ないようにしていたわりには、かなりしっかりと目に焼きつけていた勇者であった。
「服などないぞ」
「は? ないって、なんで」
きょとんとした顔をした魔王に、勇者は困惑する。
まさかその格好で転移してきたとでも言うのだろうか。
この家には魔術師特性の結界が張ってあるが、同レベルの能力を持つ魔王ならばできないことではないかもしれない。
しかし自宅で半裸になったのかと思うとシュールである。
「服は邪魔になるとマージユが申しておったから、燃やした」
「思いきりよすぎだろ!!」
そんな子に育てた覚えはありません!! と、育てたことなどないのに勇者は言いそうになった。
マーオの両親は念願だった娘が大層かわいいらしく、着ている服はいつもふりふりひらひらびらっびらであった。
あれを燃やしたとなると、もったいないお化けが出るな、と勇者は思った。
もちろんもったいないお化けが迷信であることは知っているのだが、子どものころに植えつけられた恐怖というものは大人になっても覚えているものなのである。
「じゃあ、俺の服貸してやるから。そんな格好じゃ風邪引くぞ」
勇者はクローゼットの中から適当にパジャマを取り出して、魔王に手渡した。
魔王はそれを両手で受け取り、おもむろに顔を近づけた。
「……ユースの匂いがする」
ふにゃり、とゆるんだ無防備な表情に、勇者の心臓が一つ大きく鳴った。
下着姿なんぞよりもよほど強烈で凶悪であった。
これは違う、単なる不整脈だ。と勇者は誰に聞かせるでもなく言い訳した。
不整脈だったのならそれはそれで大変なことになるのだが、今はただ中身五歳児の魔王にときめいてしまったという事実から逃れたいようである。
魔王がパジャマを着ている間、後ろを向いていた勇者は、心拍数を整えるのに必死だった。
「着たぞ、ユース。こちらを向いてくれ」
声をかけられ、仕方なく勇者は振り向く。
成長期の遅かった勇者は、魔王討伐から帰ってきてしばらくして、驚くほどに背が伸びた。
今では百八十以上ある上、鍛えているためにガタイもいい。
そんな勇者のパジャマが女性にピッタリのはずがない。
ダボダボの自分のパジャマを着た美女。彼シャツならぬ彼パジャマ。
また心臓がうるさくなりそうになるのを、なんとかこらえる。
「ほら、腕貸せ。折ってやる」
素直に手を差し出した魔王の袖を、二回折る。
なんだかんだで面倒見のいい勇者であった。
勇者姉の教育の賜物……ということにしておこう。
「今日はどうする? もう帰るか? ここに泊まるか?」
肌が見えなくなったため、少し落ち着くことのできた勇者は魔王にそう尋ねた。
魔王討伐後、あり余った金で改築したこの家には、客室がいくつかある。
今は勇者姉も結婚して家を出たので一人暮らしなのだが、そうとは思えないほどに広い。
「何を言う、ユース。私は夜這いしに来たのじゃぞ」
「……ソーデスネ」
正直、忘れていてもらいたかった。
素直にパジャマを着たから大丈夫だと思っていたのだが、魔王はいまだに夜這いをあきらめてはいなかったようである。
「夜這いなのだから、一緒に寝なければ意味がなかろう」
えへん、と言いきった魔王に、勇者は目をまたたかせる。
「ん? 魔王、夜這いってなんだと思ってるんだ?」
「好きな異性の寝所に忍び込み、共に寝ることだろう?」
「あー……」
どうやら勇者と魔王の間で認識のズレがあったようである。
正しくは、魔王が夜這いの意味を誤解しているのだが。
魔術師の説明が足りなかったのか、わざと誤解させたのか。
魔術師のことだから後者な気はするが、なんにせよ助かった。
これ以上美女に誘惑されては、越えてはいけない様々な一線を越えてしまいそうで怖かった。
勇者は、自分はロリコンではないと信じていたいのである。
十七歳差をおいしいとは思えない真面目な奴なのである。
「……私と一緒に寝るのは、嫌か?」
苦笑いした勇者に何か勘違いしたらしく、魔王は不安そうに勇者を見上げた。
イチゴジャムよりも赤々としたきれいな瞳が、迷い子のように泣きそうに揺れている。
「違ぇよ」
勇者はくしゃりと笑い、魔王の頭に手を乗せた。
陽の光の下では青みを帯びる黒髪は、今は黒々とつややかさを増している。
その髪をなでてやりながら、やっぱりまだ子どもなんだな、と勇者は思った。
子どもは庇護しなければならない。
正義感の強い勇者は、当たり前のように魔王のことも守るべき存在の中に入れていた。
つらかった前世の分も、今、しあわせにしてやりたいと。
それなら、こうして懐いてくれている間は、魔王に付き合ってやってもいいのかもしれない。
どれだけケタ違いの能力を持っていようと、子どもは子ども。
大人に甘えるのが今の魔王の仕事なのだから。
「しょうがないから、今日は一緒に寝てやるよ」
勇者の言葉に、魔王はぱぁっと表情を明るくさせた。
それに少しだけ勇者の心音が早まったのは、気づかないふりをした。
「ユース、ユース、ぎゅってしてほしいのじゃ!」
「はいはい」
そこまで狭くはないベッドだというのに、二人はぴったりとくっついて眠りに落ちた。
とはいえ、やわらかな肢体を抱きしめながら眠気が訪れるわけもなく、勇者のほうはほとんど眠れなかったのだが。
翌日、五歳児に戻った魔王が魔術師に「夜這い成功じゃ!」と報告してしまったために、しばらく魔術師からは生あたたかい目で見られ、町民たちからは変態ロリコンと呼ばれることとなった。
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